埴先生が亡くなった。

埴沙萠先生が亡くなられた。85歳、ガンだったそうです。

http://ciabou.com/ciabou/diary_f.htm(先生の植物日記)

最近2013年にNHKスペシャル「足元の小宇宙~生命を見つめる植物写真家~」で放送され、幻想的なキノコの胞子やら、美しい、不思議な植物の生態を放送され、評判を呼び、再放送もされました。

植物写真に関しては、日本一いや世界一だったと私は思います。

私は、G社時代、まだ若い頃ですが、こども向けの百科事典を作るため、植物写真を借りに九州の大分の自宅まで伺ったことがあります。

大分空港までジープのような車で迎えに来て頂き、山の中の自宅にゆきました。囲炉裏がある素敵な家でした。

着くなり、すぐに飲もうか! ということで囲炉裏を囲み、裏に生えてる竹を切ってきて、かっぽ酒を飲み始めました。先生はとにかくお酒が強く、私はへろへろになったのですが先生はしゃきっとしていました。

囲炉裏という雰囲気とかっぽ酒という美味しいお酒のせいでもあり、気持ちよくなり、初めて会ったとは思えないほど、すごくうち解けてしまいました。そして昔憶えた落語の小話などしてしまいました。

写真のリストを渡し、翌日に写真を一緒に選んで帰るつもりでいましたが、先生は、もう一晩泊まってゆきなさい。うちの子どもたちに昨日の面白い話を聞かせてやってくれ・・・ということになってしまいました。

その日は、先生の自宅周辺の自然を案内していただきました。キムラグモという地面に巣を作るトタテグモの仲間ですが、腹部に腹節の痕が残る原始的な珍しいクモです。それを見つけて見せてくれました。

そして、その夜、先生の息子さんとお嬢さん(まだ小学生でした)が囲炉裏の私のそばに座り、先生がさあ落語をやってくれ!というのですが、まだ酔っていないし、よい子の聴衆を前になにか緊張してしまいました。

調子が出なかったのですが、なんとか話して、その場を繕いました。

さあ、飲むべ~という感じで、二日続けての囲炉裏で飲んで、さすがに酔いつぶれてしまいました。

そして翌朝起きると先生は昨晩徹夜で写真を選んでおいたよということで、リストの写真を大きな袋一杯選んでくれていました。ええっ!徹夜したのですか! どうもすいません。ということで、ぶじに写真を受け取って東京に帰りました。これがはじめての出会いで、その後2回ほど大分にお邪魔したことがあります。

群馬に移転されたあとも何度か伺いました。一緒にスキーまでやりました。

先生は写真だけでなく、文章も上手です。作家でシャボテン研究家の龍膽寺雄という方に師事されていたそうです。写真は九州長崎にいた栗林慧先生と親しくされていて、いろいろ教えてもらっていたそうです。

それにしても、先生は植物を愛して止まない人で、ユニークで、貴重な植物の写真をたくさん撮っています。

退院されて、自宅で静養していると聞いていて、お見舞いに行かなくてはと思っていたのですが、このところ膝を悪くして私も病院通いで、お見舞いに行く事ができませんでした。

彼岸で待っていらっしゃると言うことですので、近いうち伺います。

また天国で囲炉裏を作られて、鬼たちと鬼ごろしをかっぽ酒にして飲みながら過ごしているのでないでしょうか。待っていてくださいね。

ご冥福を祈ります。涙、涙、涙。泣いたらおこられるかな?



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この記事へのコメント

森のきのこ
2016年03月01日 19:08
こんばんは
埴先生のHPを見ていて亡くなられたのを知りました。
いつまでも目標を持っていた人でしたね。
ご冥福をお祈りします。
玉虫
2016年03月02日 11:51
作りかけの本が何冊もあったので、心残りでしょうね。
いつも夢を語り、青年のようでした。
かめむし
2016年03月05日 07:32
ご無沙汰しておりました。
埴さんの事は玉虫さんから教えてもらい
大好きなおじいちゃんでした。
ご冥福をお祈りします。
玉虫さん、まだまだあっちに行かないでくださいよ!
玉虫
2016年03月05日 11:21
はっはは、まあ、近いうちといってもいろいろありますから・・・85歳は大往生ですね。埴先生も明るいのが好きでしたから、お別れ会はお祝いですね。

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